蓮の国(Lotus Land)

いろいろ雑多に書いてます。

分かりにくいセカイ

 六車由実「神、人を喰う 人身御供の民俗学」(めちゃくちゃ面白い本です)で出てきた尾張大国霊神社の「国府宮裸祭」。
 

 

神、人を喰う―人身御供の民俗学

神、人を喰う―人身御供の民俗学

 

 

 明治期からこの祭りは「人身御供の名残では」という議論があった。それの言い出しっぺは、私が以前、人間を生前から祀った神社があるという「生祠」の研究をイベントで取り上げた(トンデモではなく変わった研究で)加藤玄智である。
 
 この神事は、ありとあらゆる罪穢れを「餅」に封じ込め、それを特定の人間(儺追人)に背負わせて、境内から追い払うという一風変わったお祭りなのだが、加藤玄智はそこに「人身御供」を見出した。 
 それはかつて、江戸時代には「儺追人」は志願制ではなく、神主やそれに従う人があちこち歩いて、自分たちの前に出てきた人を捕まえて「儺追人」にしていた、という江戸時代の記録からである。
 ただ、それが治安上問題が大きく、藩より神社に質問状が来て、神社もそれを改めざるを得なかったという。
 人身御供も興味深いが、私は「江戸時代に改めた」という項目に目を向けたい。以前から書いているが、「神社は伝統を守る」「古代から続くお祭り」というのが、多くの人々のイメージであるが、実際はそうではない。多くは明治時代にかなり整理されたが、それが明治どころではなく、江戸時代にも改定があったわけである。
 
 もっとも、これは「改めた」ことがはっきり分かる事例であり、多くの神社ではそれを記録にとどめていない。これは隠蔽ではなく、ただ単に「忙しいので書く暇がなかった」もしくは「いつものことだから書く必要がなかった」からだと思う。
 
 ここまでの話は全部前置きで。
 さて、私は仕事柄「このお祭りはいつから始まった」とか、「このお祭りの意味は何か」と聞かれることが多い。おそらく、このような固定観念があるからではないかと思う。
 
「神社(寺)は、我々が生まれる前からずっと変わらない」
 
 実際はそんなことはない。戦乱や火事によって遷座を余儀なくされた神社はたくさんあるし、お祭りする神様ですら、時の権力者(明治政府、あるいは藩主)によって変更させられた事例もたくさんあるからである。
 ところが、殆どの人は上記のような「観念」を持っているようだ。当然だろう、寺社仏閣は変わらないことをブランドにしているのだから。
 
 下の論文と、それに対する肯定的な反応をTwitterで見る度、ああこれは、そういう人が書いて、そのまま発表されちゃったんだな、と溜息をつくのである。
 そんな分かりやすい世界なわけないでしょ…と。