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蓮の国(LotusLand)

近衛秀一の読書感想文が中心のブログ。

感想「武士の家計簿」(磯田道史、新潮新書)

読書(教養)

 

武士の家計簿―「加賀藩御算用者」の幕末維新― (新潮新書)

武士の家計簿―「加賀藩御算用者」の幕末維新― (新潮新書)

 

非常に面白かったので勢いでレビュー。

 

 ある古書マニア(まあ私もそうですが)曰く、「古書マニアは運命論者」だそうです。古本というのは当然どにでもあるわけではありませんから、「たまたま行ったら目当ての物があった」ということが非常に多いんですね。

 私も数年前、たまたま旅行で行った先に大きな古書店があることが分かり、暇つぶしに行ってみたら自分が数年来探していた本に偶然巡りあったことがありました。その時に、「これは俺に買われるためにここにあったのだ」と思ってしまう…これが、「古書マニアは運命論者」という言葉の意味です。

 著者の磯田道史氏にとって、この新書を書くまでに至るきっかけになった「武士の家計簿」との出会いも、正に運命だったといえるでしょう。神保町の古書店の目録に「武士の家計簿」があるのを偶然目にし、他の人の手にわたってしまうことを恐れるあまり、慌てて古書店に走る磯田氏の姿が、本の前書きにはいきいきと描かれています。

ソロバンから崩壊する身分制度

 猪山家は金沢藩の藩士で、算術をもって仕えてきました。江戸時代は基本的に身分制と世襲制が中心でしたが、勘定方などの算術が関わる職種は例外的に、身分にとらわれない人材登用がなされており、もともと陪臣(家来の家来)であった猪山家も、その腕を見込まれて陪臣から金沢藩の藩士に格上げされた家でした。

 しかし、幕末の頃は殆どの武家が商人から借金をしており、猪山家も例外ではありません。天保年間、猪山家はこれ以上借金が増えるのを防ぐべく、家計簿をつけ倹約に努めます。「武士の家計簿」には、その項目が事細かに記され、著者の磯田氏はそれをExcelに直して計算したそうで、なんか笑えますね。

 倹約をし借金を返し続けた猪山家ですが、どうしても倹約できない部分がありました。それは、武士身分であることによって生じる費用。例えば家来を雇ったり、交際費だったり、儀式・行事を行う費用だったり…これはまあ、今の世の中にもありますが、江戸時代の場合、これが家計を圧迫するほどだったと。

幕府倒れる、その時猪山家は

 そうこうしているうちに、大政奉還王政復古の大号令、鳥羽伏見の戦い、と、混迷する時代に突入していきます。猪山家も否応なくそれに巻き込まれていきますが、面白いのは、猪山家当主の猪山成之が金沢藩の兵站を行っていたことから、新政府にヘッドハンティングされ、維新後は困窮するものの海軍に士官、最終的には海軍主計大監となり、息子・鋼太郎も海軍に入ることが出来たのでした。

 

 猪山家は「算術は卑しい仕事」などと言われながらも、子供の頃から叩きこまれた算術をもって、最終的には家を守った。一方、旧体制が崩壊し、家柄を誇った士族たちは、新しい環境に対応できず滅びていった。

 磯田氏ははっきり言います。

 社会変動のある時代には「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力を持っているか」が人の死活を分けるのだと。

 

 最後はなんだか教訓めいてしまいましたけど、あと褒めるところは意外性のあるテーマ、文章力、どれをとっても面白い。もっと早く読めばよかったと公開する次第。