読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蓮の国(LotusLand)

近衛秀一の読書感想文が中心のブログ。

「蛙狩神事」への批判について

諏訪大社カエル串刺し神事に抗議 動物愛護団体「許すことのできない残虐行為」


諏訪大社のカエルを串刺しにする神事に動物愛護団体が抗議 もみ合いに? - ライブドアニュース



 この問題、グリーンピースシーシェパードの影響で「動物愛護団体は行き過ぎている」というような意見が多いのだが、私はちょっと別方向で考えてみたい。

 蛙狩神事は諏訪大社の特殊神事である。「特殊神事」という言葉は耳慣れないと思うが、分かりやすく言えば「他の神社ではほとんど行われていない変わったお祭り」という意味合いで良い。そして、この「特殊神事」はその神社を象徴する祭典であり、当然重儀なのである。


 もちろん、変化はあちこちにあると思う。例えば同じ諏訪大社の「御頭祭」という特殊神事があるが、これは獣の肉を備えるというもの。かつては鹿の生首を備えていたというが、現在は剥製に変わっている(とはいえ、かなり不気味である)。

 まず、動物愛護団体の意見を入れて、蛙狩神事の重要な部分を「カエルの人形にする」「カエルを殺さない」と変更してしまい、その後、何かが起きたらどうするのだろう。非科学的な話かもしれないが、我々はそういうことを気にするのではなかろうか。「今年は厄年ですよ」と言われただけで、神社や寺でお金を払い、祈祷をするような人々はたくさんいるのだ。

 次に、祭典に「現代社会の流れ」を取り入れる必要性や意味はあるのだろうか。
 例えば祭典日の変更(平日ではなく土日に行うというような)、というのはよくある話なのだが、これは祭典の肝の部分を「変更せよ」と主張しているのである。
 それなら、大げさに言えば蛙狩神事どころか、お祭りや祈祷などにも「意味がないからやめろ」と口を出すべきだと思う。

 「お前考えすぎ」と思われてしまうかもしれないが(笑)。