蓮の国(Lotus Land)

いろいろ雑多に書いてます。

江戸しぐさの正体(原田実、星海社新書)

 

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)
 

 

 本書は、一部の人に支持されるのみならず、なんと道徳の教科書にも登場してしまったという「江戸しぐさ」の批判的検証本である。

 

 「江戸しぐさ」とは、提唱者の芝三光氏や、その後継者の越川禮子氏によると「江戸の商人のリーダーが築き上げた行動哲学」だという。しかし、その「江戸しぐさ」はどれも、江戸時代にはあり得ない動作であることを原田氏は次々と指摘。「江戸しぐさ」は「偽史」であり、芝三光氏が戦後に創作したものだということを明らかにしていく。いつもながら、この辺りは名探偵が登場人物を並べて「さて皆さん」と言い出す感じで、なんとも痛快だ。

 面白かったのは、江戸しぐさで語られる江戸の庶民の食べ物の話題である。越川禮子氏によれば、江戸時代には以下のものが食べられていたのだ、という。

 

・江戸には後引きパンという、大人気の黒砂糖入り(上等の物はショコラ入り)のおいしいパンがあった。食べ終えたあとにも、もうひとつ食べたいと思うので、「あとひきパン」といわれた。 (越川禮子「商人道 『江戸しぐさ』の知恵袋」)

 

・気温が25度を超えるとぶっかき氷がいる。その合図、バロメーターはどこそこのご隠居さんと目星をつける。ご隠居さんが倒れたら、いち早く氷を仕入れる。だから、6感のきく敏感なご隠居さんは奪い合いになった。(同上)

 

・実芭蕉(バナナのこと)は江戸っ子の大好物で、ふだんは皮をむいて、中身を包丁で切って箸で食べた。実をかじるのはネズミやリス、サルのすることで、人間のすることではないと考えていた。(同上)

 

・ここに一本、鯖や鰹があったとしよう。高たんぱくで脂肪のない赤身で消化のよい部分はお年寄りへ、脂ののったトロは血気盛りの若衆へというように、年代と体調で無駄なく食べる食べ分け術がきちんと確立していた。(同上)

 

 

 これは何時の時代の話なんだ(笑)。

 ・パンもチョコレートも庶民が食べるようになったのは明治時代以降。

 ・ぶっかき氷が江戸で流通していた、というのは信じがたい。必殺シリーズのある話で氷が登場するが、それは「将軍への献上品」としてである。そんな貴重なものをその辺の町人が使うわけがないではないか。

 ・バナナも上に同じ。

 ・「トロ」は傑作。江戸しぐさでは鯖や鰹の「トロ」と書かれているが、普通鮪だろう。しかも、江戸前寿司は鮪は赤身のヅケが基本で、「トロ」(江戸時代ではトロとは呼ばれていない。原田氏によると、この言葉は大正時代からではないかという)は捨てられるか肥料とするか、「ねぎま」(鮪とネギの鍋)にして火を通して食べるか、いずれにしろ生では食べなかった。

 

 … 江戸しぐさを信じている人は、このくだりを読み飛ばしていたのだろうか?

 私は、「江戸時代の人はチョコレート入りのパンを食べていた」と言われて、「ああ、そうなんだ」と納得する人が怖い。どう考えても眉に唾をつけて読むべき箇所であろう。

 

 また、戊辰戦争の折、「江戸しぐさ」を恐れた官軍は、江戸っ子を見つけ次第殺したという。越川禮子氏はこれを「江戸っ子狩り」と呼んだ。これをおそれ、江戸っ子は地方に逃れ、「隠れ江戸っ子」となった。江戸っ子救出を手引きしたのが勝海舟だという。

 …「江戸っ子大脱出でござるの巻」である。

 まあ、なんというか、口を開けたままポカーンとしてしまう。

 

 …江戸しぐさに最初に目をつけた、芝三光氏。しかし、それは芝氏によって「創作」された「歴史」であった。あたかも、考古学者が自分で作り、埋めた土器をそれらしく掘り出すように。

 「江戸しぐさ」の江戸時代は、芝三光氏が夢想したユートピアに過ぎなかったのだ、と原田氏は指摘する。

 これが道徳の教科書に載っている、というのが恐ろしい。原田氏は最後に「江戸しぐさが教育から追放されることを願って止まない」と記している。

 

 この本でも言及されているが、かつて江本勝氏の「水からの伝言」という話が道徳の教材となり、科学者らから批判を浴びたことがあった。水に「ありがとう」という言葉をかけるときれいな結晶に、「ばかやろう」という言葉をかけると汚い結晶ができる。だから、良い言葉を使いましょうというものである。言葉にそんな「力」があるのだろうか考えものだし、様々な感情をともなっての「ありがとう」「ばかやろう」があるはずだ。それに、そもそも科学的根拠があるのかどうか分からないのである。

 バカバカしいのは音楽の話。水にロックを聞かせると汚い結晶が、クラシックを聞かせるときれいな結晶が出来るという。あはは。それは水ではなく、実験したあなたの「好み」だろう。と、突っ込みどころ満載の「水伝」であるが、なぜかこれが道徳の教材に使われてしまったのである。

 

 江戸しぐさ。突然現れた江戸の流儀。それは巨大な貝やぐらであったのだ。